2014年12月08日

「度重なる失敗乗り越えた」 3氏がノーベル賞記念講演

 今日は、朝日新聞から以下の記事を紹介します。
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 8日、ノーベル賞の授賞式を前にストックホルム大学で記念講演をした、赤崎勇さん(85)と天野浩さん(54)、中村修二さん(60)。3人は当時青色LEDの素材に使うには難しいとされた窒化ガリウムで開発できると信じ、実験を続けたことが成功につながったと語った。

 青いネクタイを締めて登場した赤崎さんは冒頭、「私の名前は赤崎。赤は『red』を意味しますが、今日は青色の光について話します」と語り、会場をなごませた。その後、窒化ガリウムのきれいな結晶づくりの困難さや工夫を紹介。1985年に天野さんらがきれいな結晶を作りあげた時を振り返った。「度重なる失敗を乗り越えて最適な条件を見つけ出した、天野君の執念のたまもの。理想的な結晶を目にしたときの感動は、今も忘れることができない」と語った。

 赤崎さんに続き、天野さんがトレードマークのポーチを腰につけて登場。「師匠」の赤崎さんと82年から研究に取り組んだことを語った。自分なら簡単にできるという「勘違い」から研究が始まったと話し、会場は笑いに包まれた。結晶作りに何度も失敗。古い機械で温度が上がらない状態で実験したところ、期せずしてきれいな結晶ができたという。「あまりにもきれいで、材料を流し忘れたと思った」と話した。

 さらに、東日本大震災後、国内の全原発が停止している日本の厳しいエネルギー事情にLEDが大きく貢献できると説明。「太陽光発電とバッテリーがあれば使える。インフラがない場所でも、子供たちが本を読んだり勉強したりするための明かりが広がればうれしい」と話した。

 最後に講演した中村さんは、窒化ガリウムを青色LEDの材料に選ぶ研究者はほとんどいなかったと研究開発を始めたころの事情を披露。日本の学会で、別の材料をテーマにした会場には500人ほどの聴衆がいたのに対し、窒化ガリウムの発表を聴いていたのは「赤崎先生、天野先生の他には私ぐらいだった」と語り、会場を沸かせた。

 「米国ではLEDで2030年までに40%の電力削減が図れる」と、LEDの省エネぶりをアピール。しかし、LEDは大きな電力を投入すると効率が悪くなる特性があるといい、「今後はより高効率化が可能なレーザー半導体の照明の時代が来るだろう」と述べた。
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2014年12月07日

マカウV、日本勢トップは藤原 福岡国際

 今日は、YAHOOニュースから以下の記事を紹介します。
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 来年8月の陸上世界選手権(北京)代表選考会を兼ねた福岡国際マラソンは7日、福岡市の平和台陸上競技場発着で行われ、マカウ(ケニア)が2時間8分22秒で優勝し、元世界記録保持者の意地をみせた。マカウは、「マラソンに戻ってこられた。とてもうれしい」と左ひざの故障から復帰し、1年8カ月ぶりの42.195キロに胸をなで下ろした。

 レース終盤はバトオチル(モンゴル)、アセファ(エチオピア)と3人で先頭争いを繰り広げ、38キロ付近で抜け出した。「マラソンは我慢強く走る競技。相手を読む力が左右する」と力説した。

 2011年9月のベルリンマラソンで、当時世界最高記録2時間3分38秒を樹立した実力者マカウは、「2年近く、競技から離れていた。以前のようなタイムを出すことが目標」と世界最高峰の争いへの復帰に、自信をみなぎらせていた。

 マラソン9回目の藤原正和(ホンダ)が、2時間9分6秒で日本人トップの4位に入り、世界選手権代表候補に名乗りを上げた。ロンドン五輪6位の中本健太郎(安川電機)は34キロ過ぎで遅れ始め、2時間11分58秒の12位に終わった。足立知弥(旭化成)が5位、高田千春(JR東日本)が7位に入り、宇賀地強(コニカミノルタ)は2時間10分50秒の9位だった。

 藤原は11年前に出した初マラソン日本男子最高(2時間8分12秒)の自己ベスト更新を目指して臨んだ。約20人で形成する先頭集団で余裕をもって走ったが、30キロ過ぎでマカウ、バトオチルらがペースアップ。それには付かず、後方待機からの追い上げとなり、目標タイムには届かず。「そこが誤算だった」と勝負の分かれ目に悔いを残したが「最低限のレースは出来たかなと思う」と及第点で自己評価した。

 一方、公務員ランナーの川内優輝(埼玉県庁)は来年の北京行きを断念しているため、「2時間7分台を狙う」と標準を定めている21日の防府読売マラソン(山口)の調整を兼ねて、沖縄でのレースを選択し優勝したが、タイムは2時間13分43秒だった。
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2014年12月06日

抗議デモにハグを求めて参加したハート少年

 今日はgrapeというサイトから以下の写真記事を紹介します。

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丸腰の黒人少年を白人警官が射殺し、警官が不起訴となった事件。その事件への抗議デモが行われたオレゴン州ポートランドで撮影された一枚の写真。涙を流す黒人の少年と、彼をしっかりと抱きしめる白人の警官。

この一枚が、SNS15万回以上も閲覧され、全米で涙を呼びました。そして今日本でも、その背後にある根深い問題を知り、多くの人々が涙しています。写真の男の子は、デボンテ・ハート少年。彼は「フリー ハグ!」と書かれた看板を持って、デモに参加しました。

少年に話しかけたのは、デモの警備にあたっていたブレット・バーナム警察官。目に涙をためて立っていた少年に話しかけ、学校のことや休みの日のこと、他愛のないことを尋ねます。会話でリラックスしたのか、少年の涙が止まります。

幼い頃に実の親から虐待を受け、心に深い傷を負っていた少年。自分も黒人であることから、いつか今回の事件のような恐怖・差別に出遭うのではないかとおびえていたのです。それを聞いたバーナム警察官は「私もハグをしてもらえるかい?」と尋ね、少年はまた号泣。この写真が撮影されました。

辛い過去を持ちながらも、素晴らしい笑顔を浮かべることができるハート少年。抗議のデモに、暴力とは真逆の「ハグ」を求めて参加した、繊細で優しい気持ちの持ち主です。彼が将来に渡って、黒人であることによる不当な扱いを受けることがないような社会になっていくことを、多くの人々が望んでいます。

とはいえ、アメリカの長い歴史の中で簡単には解決できない黒人と白人の人種差別問題。残念ながら、これからも悲しい事件が起こることもあるでしょう。ただ、絶望ばかりではない、ということをこの一枚の写真が教えてくれるようです。

デモに立った少年の勇気と涙が、いつか報われることを願ってやみません。

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2014年12月04日

韓国の「米軍慰安婦」を英BBC報じる 韓国政府による「積極的な関与」があった

 今日は、YAHOOニュースから以下の記事を抜粋して紹介します。
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 韓国における「米軍慰安婦」に海外メディアが注目し始める中で、今度は英BBC電子版がこの問題を取り上げた。米兵を相手にした売春行為は、韓国政府による「積極的な関与」が背景にあったという当時の慰安婦の主張を紹介している。女性たちは今なお差別に苦しみ、生活は困窮。望むはずのない売春は、国が組織的に進めた影響が大きかったとして、賠償を求めている。

 1950〜70年代にかけて、米軍基地近くの「基地村」で慰安婦として働かされたという122人の女性が2014年6月25日、韓国政府を相手にひとり当たり1万ドル(約118万円)の損害賠償を求める訴えを起こした。BBCは11月28日、「韓国は米軍基地での売春行為を後押ししたのか」と題した記事を配信した。

 女性たちは、当時は国が貧しく、自分たちも生活苦から売春を余儀なくされたという。ひとりの女性が1972年に就職あっせん所を訪れたところ、食事と住居付の職を紹介すると約束された。職場だと紹介された場所を怪しみ、すぐ逃げ出したという女性もいた。だが店主につかまり、別の店に売られて「客」をとらされたそうだ。

 売春宿の経営者たちは、米兵の客を集めるために女性に服や化粧品を与えたが、費用はすべて女性持ち。衣食住や医療費もすべて女性の負担となる。こうして多額の「借金」を負わせ、払い終わらない限りは売春し続けなければならない仕組みをつくった。

 米兵が相手のため、英語や「西洋のエチケット」のレッスンまで施されたとの証言もある。女性が性病に感染していないかを検査するための診療所も開設されていた。記事では「韓国当局が設置したのは確か」となっているが、政府はBBCに対してコメントしなかったという。

 米ブルッキングス研究所のキャシー・ムーン氏は、診療所の運営は韓国人女性の健康維持のためではなく、米兵に病気がうつらないための配慮だと指摘。「もっとも重要だったのは米兵を満足させることで、それにより米軍の韓国駐留を続けてもらえる」という目的だったと説明した。

 ムーン氏はまた、1970年代に韓国当局の役人が基地村に赴き、慰安婦として働く女性に米軍へ「協力」するよう促した責任があると話した。この頃、米軍の韓国からの撤退が計画されていたのだという。女性たちは今日、厳しい生活を強いられていると書いたのは、9月5日付のAP通信の記事だ。貧しくて「他に行くところがない」ため今も基地周辺に住む。生活保護でしのいでいるが、国からの支援は他にない。記事では、特別法に基づいて手厚い処遇を受けている、旧日本軍のいわゆる「従軍慰安婦」とは対照的だと指摘した。

 韓国紙ハンギョレ新聞は7月5日、元「米軍慰安婦」だった女性の告白を載せた。韓国政府に損害賠償請求訴訟を起こした原告のひとりだ。「紡績工場の仕事がある」と友人にだまされ、基地村の売春宿に売られたという。当時の苦難に満ちた日々が語られている一方、国は一切助けの手を差し伸べてくれなかったと非難する。

 慰安婦たちを集めて性病に関する説明会が開かれると、米兵だけでなく保健所の職員や警察署長、自治体の役人までが参加していたという。役人は女性たちに「もっと米兵にサービスしてくれ」と頼んだというから驚く。外貨獲得のため、韓国発展のためと強調したそうだ。これが真実なら、国は見て見ぬふりどころか積極的に関与したと言われても仕方ないだろう。

 今日、女性はいまだに偏見の目で見られ、「好きで売春婦になったのだろう」との誤解が絶えないと嘆く。本来は非合法な「性売買」が基地村周辺だけは認められていたと主張し、「米軍をずっと居させるためにそのようにしたのではないでしょうか? 私たちにドルを稼がせようとして」と怒りをにじませていた。
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2014年12月03日

再増税延期、そのとき舞台が動いた

 今日は、日経から以下のコラムを紹介します。
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 消費再増税の延期はどのようなタイミングで決まったのだろうか。安倍首相の決断に決定的な役割を果たしたのは、ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン氏である。

 内閣官房参与である本田悦朗氏(静岡県立大教授)は、ブルームバーグのインタビューに答え、そう語っている。11月6日、首相とクルーグマン・プリンストン大教授の会談をセットし、自らも同席したうえで、教授に再増税延期を進言してもらったという。再増税延期のためには海外の著名経済学者の助けが必要。本田氏はそう考え、帝国ホテルから官邸に向かう車のなかで、首相との会談がいかに重要なのかを、クルーグマン氏に説明した。

 首相が延期を発表した直後の11月20日のインタビューである。本田氏の語り口には自然と熱がこもっているが、話に偽りはないはずだ。傍証がある。「歴史的な会談だった。成功だった」。11月6日の会談直後に本田氏は、関係者に高揚感をもって、こう伝えているからだ。

 テレビ番組のタイトルを拝借すれば、そのとき歴史は動いた。本田氏が高揚感を覚えたのも無理はない。「財務省に外堀を埋められて再増税の布石が敷かれつつある」。10月20日過ぎの時点では、同氏は別の関係者にそんな感想をもらしていた。「孤立感が伝わってきた」と、その頃本田氏と会食した人はいう。

 そして10月31日の黒田日銀総裁の追加金融緩和。多くの市場関係者は「再増税を促すサプライズ緩和」と受け止めたが、首相の周辺の受け止め方は違った。この日、首相はポジティブ・サプライズ(うれしい驚き)に顔をほころばせつつも、再増税について「最後は1人で決めます」と言っていたからだ。

 再増税をめぐる有識者検討会議が始まろうとしている時に、「独裁的に決める」といった発言である。周辺には「延期に傾いてきたかな」と、首相の胸の内を感じ取った向きもあった。単なる心境変化ではない。何よりも、7〜9月期の実質国内総生産(GDP)について、下振れしそうな雰囲気が伝わってきた。民間エコノミストの予想の平均は前期比年率2%台の半ばだったが、「とてもそこまではいかない」というのが官邸の判断だった。

 4月の増税の後遺症が癒えないうちに、再増税を決めれば、消費を一段と冷え込ませかねない。そうなれば、デフレ脱却も頓挫し、アベノミクスもおしまいだ。そんな危機感を抱いていた首相は、アベノミクスの支持者であるクルーグマン教授との会談で千万の援軍を得た思いだったはずだ。

 あに図らんや、11月17日発表の7〜9月期の実質GDPの速報値はマイナス成長となった。GDPが出てみると、再増税延期の判断に表だって異を唱えるエコノミストはめっきり減った。そして衆院解散と総選挙である。11月30日のテレビ番組で語ったように、首相は財務省による多数派工作で、再増税に向けた党内世論が形成されることを懸念していた。総選挙は再増税延期への民意を取り付けて、財務省に対する主導権を確立するのが大きな狙いだろう。

 その代償は少なくない。財務次官経験者は11月に入っても「再増税は確実だ。賭けてもいい」と語っていた。黒田日銀総裁は安倍・クルーグマン会談の仕掛けを知るよしもなく、同じ頃訪問客に追加金融緩和の意義を熱っぽく語っていた。財務省と黒田日銀は首相によって、はしごを外されたともいえる。その心中、いかばかりなりや。

 首相の賭けが国民の支持を得られれば、増税を延期した17年4月まで、首相は成長路線に全力を傾ける。反対に否定されれば、アベノミクスには幕が引かれる。選挙結果は神のみぞ知る。賽は投げられた。
posted by toyoharu at 22:04 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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