2014年04月08日

福島・双葉、町立校再開

  今日は、毎日新聞から以下のコラムを紹介します。
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  「ふたばまちのしょうがっこうにいきたい」。福島県双葉町からいわき市の仮設住宅に避難している横田真紀さん(33)は長男蒼空(そら)君(6)にそう言われた時、思わず目が潤んだ。東電福島第1原発事故以来、親子で乗り越えてきた3年間の避難生活に、涙のわけがあった。真紀さんは「古里に誇りを持つ子どもに育ってほしい」と、いわき市でようやく再開した町立小学校に入学させることを決めた。

  蒼空君は青空が広がった7日、町立小学校の開校・入学式に出席するため仮設住宅を出発した。真紀さんと手をつないだ蒼空君はスキップし、大きなランドセルを背中ではずませた。一緒に避難生活を送る町民が「頑張ってね」と手を振ると、蒼空君は「いってきまーす」と声を上げた。入学式で名前を呼ばれると、緊張した面持ちで「はい」と答えた。

  東日本大震災が発生した2011年3月11日、真紀さんは次男の出産準備のため町内の病院に入院していた。翌12日、町内の福祉施設に移され、大きな爆発音を聞いた。原発事故を知らされないまま付近を車で転々とした後、福島市の県立医大に救急車で運ばれた。

  付き添った夫と当時3歳の蒼空君が、真紀さんと一緒に院内に入ろうとすると、係員に「入っちゃ駄目だ」と怒鳴られた。2人の衣服に付着した放射性物質を調べる機器の警報音が鳴ったためだ。真紀さんが乗せられた担架にしがみつきながら、蒼空君は「ママ、いっちゃやだあ」と泣きわめいた。

  出産後に再会するまで、蒼空君はおもちゃを放り投げては「つなみだ」「げんぱつだ」と言いながら遊ぶようになった。夜中には奇声を発した。真紀さんはそのことを夫から知らされていたが、病室を訪れた蒼空君は「やっとあえたね、ママ。あかちゃんもげんきでよかったね」と笑った。幼子の懸命の気遣いに涙があふれ、抱き締めた。

  しかし、乳飲み子を抱えて県内各地を転々とし、不自由な生活を強いられた。自動車部品工場に勤務する夫は多忙で、子どもが泣いたり騒ぐたび、近所の目が気になった。真紀さんは蒼空君につらく当たるようになり、蒼空君のかんしゃくはひどくなっていった。

  真紀さんは避難先の自治体に事情を説明し、蒼空君が保育所に通えないか相談したが、応対した女性職員に「私たちも被災者ですよ」と冷たく言われたという。「双葉町民は賠償があるんでしょ」と陰口もたたかれた。悲しくて、蒼空君の手を握ったままボロボロと泣いた。

  昨年12月に双葉町教育委員会が学校再開の説明会を開いた時、参加したのは真紀さんら10家族だった。「少人数の出発ですが、どの学校にも負けないきめ細かい教育を行います」と半谷(はんがい)淳・町教育長。説明をじっと聴いていた蒼空君は、仮設住宅に戻ってから真紀さんに「ここ(双葉町立小学校)がいい」と声を上げた。「古里に誇りを持ってほしい」と考えていた真紀さんの背中を後押しし、町立小学校への入学を決めた。

  「周囲の目を気にしたり『子どもがいじめられるかもしれない』と避難者であることを隠して生きている人は少なくない」と真紀さんは話す。半谷教育長は「全力で子どもたちの生きる力を育てていきたい」と語った。
posted by toyoharu at 21:40 | 埼玉 ☔ | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
広島、長崎への原爆投下を今も謝罪しないアメリカに、反アメリカ感情を今こそ噴出せよ。アメりカの洗脳広告代理店である電通を使った、テレビ、新聞、週刊誌、ラジオに洗脳報道され続ける日本人は、自分自身の脳、すなわち思考そのものを点検せよ!すべてを疑うべきなのだ!
Posted by 脱洗脳報道なら副島隆彦の学問道場 at 2014年04月12日 18:32
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