2014年12月22日

忘年会後の悲劇 労災認定、無情の線引き

  今日は日経から以下のコラムを紹介します。
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  忘年会シーズンも終盤。仕事がらみの1次会が終わり、気の合う相手と「軽くもう1軒」ということは珍しくない。2次会でも結局仕事の話に終始し、己の仕事人間ぶりに自嘲の笑いをこぼす人もいるかもしれない。だが、万が一その帰り道に不慮の事故に遭ってしまったら。労災認定の線引きは、仕事への熱意とは関係ない無情なものだ。

  年の瀬が迫る12月のある晩。午前0時半過ぎに、都心から少し離れた私鉄の駅のホームから会社員の男性(当時40)が転落し、電車と接触して亡くなった。仕事関係の忘年会帰りだった。遺族は労災保険の給付を申し立てたが、労働基準監督署は遺族年金などを支給しないと決定。遺族は支給を求めて訴訟を起こした。

  約1年半後に言い渡された地裁判決によると、当日は午後から業界団体の会議があり、男性は会社の先輩と共に出席していた。会議が終わった午後5時半過ぎ、あらかじめ打ち合わせていた有志8人が近くのそば店に集まり、忘年会が始まった。先ずは生ビールの中ジョッキで乾杯。その後は麦焼酎の一升瓶を1本頼み、それぞれが水やお湯で割った。男性は幹事役で、注文を取ったり酒をついだりと忙しく動き回った。

  「来年は景気が上向くだろうか」「今年はこんな失敗をしてしまった」。同じ業界に身を置き、互いに取引もある者同士の話題は尽きない。男性は用意していたパンフレットをさりげなく取引先に渡し、新製品を売り込んだ。

  忘年会は中締めで数人が抜けた後も続き、午後10時半にようやくお開きとなった。「よいお年を」。互いに声を掛け合いながら三々五々、参加者たちは帰路についた。男性も会社の先輩と2人、駅に向かって歩き出した。師走の寒風に顔を上げると1軒のラーメン屋の灯が見えた。「おなか、すいてませんか?」。何とはなしに、2人はささやかな2次会を始めた。

  注文はレモンサワー1杯ずつとギョーザ、つまみの3点盛り。2人は翌年の展示会について意見を交わし、30分程度で店を出た。酒に強かった男性に酔った様子はなく、2人はターミナル駅の改札付近で別れた。その約1時間後、男性は自宅の最寄り駅でも乗換駅でもない途中駅のホームから転落した。

  労災保険法7条は「労働者が業務に就くために自宅と勤務先を合理的な経路で通勤する」際に死亡した場合も給付の対象と定めている。裁判では忘年会と2次会の飲食が業務にあたるかが争点となり、国側は「忘年会の中締めまでが業務で、それ以降は私的な飲食」と主張した。

  地裁は、男性が事前に忘年会の出席について上司の許可を得て、仮払金を受け取っていた点に着目した。2次会でたまたま立ち寄ったラーメン店については、当然ながら事前の許可はない。地裁は「ラーメン店の飲食は会社が認識していないので、会社の指揮監督下にない私的な飲食だった」と判断した。ラーメン店で仕事の話しかしていないことは関係なく、「就業場所から自宅への移動の中断に当たる」とした。

  労災保険法の施行規則によると、日用品の購入などであれば、通勤を途中で中断したとしても労災と認められる。遺族側は「忘年会では幹事役だったので満足に食事ができず、帰宅に1時間以上かかるのでラーメン店に寄って食事を済ませることは合理的だ」とも主張していた。

  しかし、この主張についても地裁は認めなかった。つまみの3点盛りにほとんど手を付けていなかったため、「2次会の目的は食事ではなく先輩との懇談だった」と指摘。「事故は通勤災害に当たらない」と結論付け、遺族の訴えを退けた。遺族は納得できず控訴したが、高裁も「忘年会の閉会までが業務」とし、判断は変わらなかった。

  遺族側の主張によると、男性は忘年会の前日、取引先の現場で徹夜で働き、当日は始業前に会社の会議室で2時間半ほど仮眠を取っただけだった。出勤してきた同僚が帰宅を勧めたが「今日は忘年会があるから」と断ったという。
posted by toyoharu at 22:48 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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