2014年10月31日

日経平均6年ぶり上げ幅 日銀に裏をかかれた海外短期筋

 早いもので、今年も残り2ヶ月になりました、今日は日経から以下の記事を紹介します。
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 「まずい、買い戻せ!」

 週末前で静かだったフロアで、一気に電話が鳴りっぱなしになった。14時ごろの証券会社のトレーディングルーム。ある国内証券のトレーダーは、顧客からの大量の買い注文に追われた。13時40分頃に日銀の追加緩和決定が伝わると、投資家は一斉に買いで反応した。日経平均株価はその後わずか5分で400円強上昇。買いの勢いは止まらず、終値では755円高と約6年ぶりの上昇幅となった。

 日銀はこの日開いた金融政策決定会合で、上場投資信託(ETF)や不動産投資信託(REIT)の買い入れ額拡大など、追加の金融緩和策を決定した。31日午前の東京株式市場では「今回は追加緩和見送り」との見方が大勢だっただけに、大きな驚きをもって受け止められた。外国為替相場の円安・ドル高も支えになり、日経平均は終値で1万6413円と約7年ぶりの高値水準で終えた。

 黒田東彦・日銀総裁がサプライズ緩和を打ち出すのは、2013年4月以来。最初の異次元緩和決定時も、前日比で見れば200円強上昇と31日ほど株高の勢いはない。31日、日経平均が上げ幅が一時875円と5%を超える急騰を演じたのは、「緩和なし」と踏んだ海外短期筋が完全に裏をかかれたからだ。

 「何かある」――。日銀の金融政策決定会合は現状維持であれば12時前後に終わり、結果が公表されるのが一般的。だが、今回は14時近くまで長引いた。日経平均は午後1時過ぎに売り物が膨らみ、いったん伸び悩む場面があった。

 昼休み時間帯までは一部の海外ヘッジファンドは追加緩和があった場合を先読みして、先物を打診買いする動きがちらほら見られた。だが、なかなか終わらない日銀の会合にしびれを切らし、「今日は緩和発表はなさそうだ」と見切りをつけ、「午後に入り買い持ち高を落としたり、売りを積みましたりする動きが優勢になった」(大和証券グローバル・エクイティ・トレーディング部の沖宗和弘担当部長)。

 そこに突如発表された、日銀の追加緩和策は完全に海外短期筋の裏をかいた形となった。一斉に売り方の買い戻しやヘッジ目的の先物買いが集中し、日経平均先物の日中売買高は18万枚強と前日の5倍に膨らんだ。

 問題は株高基調が持続するかどうか。この日はサプライズ緩和にかき消されたが、前場までの相場上昇は米経済指標の好調さを背景にした米景気の回復期待が頼みの綱だった。

 円相場も約6年10カ月ぶりの円安・ドル高水準にある。「企業業績は堅調で、PER(株価収益率)などで見れば、欧米と比べてなお出遅れ感がある」(みずほ投信投資顧問の清水毅チーフストラテジスト)。大和証券では、この日は海外の中長期投資家がディフェンシブ株を売り、主力輸出株に資金を振り向ける上げ相場特有の動きが見られたという。

 ファンダメンタルズの改善が進むかどうかに加え、日銀が追加緩和に動いたことで、今後は消費増税の扱いも焦点となる。また、同時に打ち出されるとの期待が大きい法人減税や経済対策などへの期待も高まりやすい。需給面での押し上げ効果はいったんはげ落ちる可能性が高いものの、当面は再び上昇局面に入るとの見方が広がっている。
posted by toyoharu at 21:30 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月30日

秋山監督、内川の提案で有終の10度舞い!「夢のようです」

 今日はやはり、このニュースでしょうか、YAHOOニュースからです。
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 ソフトバンクが11年以来となる3年ぶり6度目の日本一に輝いた。第2戦から3連勝で日本一に王手をかけたソフトバンク。福岡で行われる今季最後の試合となる第5戦は摂津が先発としてマウンドに上がった。

 初回から飛ばした摂津は6回まで阪神打線を無得点に抑える好投を見せ、7回からは救援陣にマウンドを譲った。すると、阪神の先発・メッセンジャーに苦しんでいた打線が8回に松田の適時打で0-0の均衡を破り、終盤に1点をリード。

 この1点のリードを守るべく、9回は守護神のサファテが登場。満塁のピンチを招いたが、西岡を併殺打に打ち取りゲームセット。ヤフオクドームを埋め尽くしたホークスファンのポルテージは最高潮に達した。

 その後、歓喜のホークスナインから胴上げされる秋山監督は内川の提案で10回宙に舞った。リーグ優勝決定時には涙を見せていたが、「選手たちが最後まであきらめずに一年間戦って日本一になれた。感謝したい」と選手を称え、この日は終始笑顔。

 第2戦の甲子園から4連勝で一気に、そして、福岡で行われる今季最後の試合で日本一を決めた。「地元、福岡のファンの前で日本一を決められてうれしいです」とよろこびもひとしおの秋山監督。

 「摂津の意地を見ました。さすがエースだと思います」、「意外性のあるマッチ(松田)しかいないな。決めるところは決めてくれました」。この日の投打のヒーローに目を細めた秋山監督は「日本一になったことが夢のようです」と再度、喜びを口にした。

 今季限りでの退任を表明している秋山監督は最後にマイクを託された。「6年間ソフトバンクホークスの監督として目一杯やってきました。最後に日本一になれて、これ以上の喜びはないと思います。これからもホークスは強くあって欲しいと思います。これからも選手たちを応援してあげて下さい。6年間ありがとうございました」。ホークスファンは日本一を喜びつつも、秋山監督との別れを惜しんだ。
posted by toyoharu at 23:43 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月29日

理想どおりにはいかなかった、サハラ砂漠の再生可能エネルギー計画

 今日は、YAHOOニュースから以下のコラムを抜粋して紹介します。
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 3年前、ドイツが脱原発を決めようとしていた頃、太陽電池の研究が専門の物理学者に話を聞いたことがあった。彼が見せてくれたアフリカの地図にはアルジェリアに大きさの違う小さな正方形が2つ、そのお隣のリビアに豆粒のように小さな正方形が1つ書き込んであった。

 彼は言った。「この一番大きな正方形の面積のソーラーパークで世界中の電気が賄えます。その次の正方形ならEU全体の電気。そして、一番小さなのがドイツの全電気需要」。一番大きな正方形は1辺が約300km、豆粒の方は60kmくらいだったが、どれも皆、大きなサハラ砂漠の中ではとても小さく見えた。

 ただ、私は違和感を覚えた。「太陽光があれば、こんな小さな面積で世界中の電気さえ賄える」と思わせるためのトリックのような気さえした。後で調べてみたら、案の定、これは小さな面積ではなかった。世界中の電気需要をカバーできる面積である1辺300km四方と言うのは、およそ四国の5倍。豆粒の方は360km2だから、東京23区の6倍。ところが、当時、この計画は既に進められようとしていたのだ。

 デザーテック・ファウンデーションという非営利団体がある。名前が表すように、砂漠の太陽と風エネルギーの高度な活用を目的としている。デザーテックの構想というのは、サハラ砂漠に太陽光と風力の発電施設を作り、そこで発電した電気を、高圧直流ケーブルでヨーロッパ、アフリカに送電するというもの。これにより、将来的には、中東、北アフリカの大部分と、ヨーロッパの電力需要の15%を賄うというのが目標。

 発案は2003年で、以来、多くの科学者、専門家、政治家がこのアイデアに携わった。科学的検証は、おもにドイツ航空宇宙センターが3年を費やして行ったという。この案に賛同した企業が、Diiというコンソーシアムを作った。そして2009年、Diiとデザーテック・ファンデーションが一緒に、この遠大なプロジェクトを立ち上げたのだった。

 ひょっとすると、私のような素人の知らないうちに、再生可能エネルギー電気の研究も送電や蓄電の技術も日進月歩で進んでおり、10年後ぐらいには、本当にサハラ砂漠の電気が少しずつヨーロッパに来るのかもしれない。そうするうちに、そんな話は忘れてしまった。

 ところが、先週10月15日、このプロジェクトがつぶれたというニュースが流れた。「1つのユートピアの陳腐な結末」と、ドイツ第1テレビのコメンテーターは言った。すでに数年前から、参入していた大企業が次々に離脱し始めていたという。

 さて、振出しに戻ったデザーテックのプロジェクトだが、現在は目標を変え、砂漠の電気で近辺のアラブの国の電気を賄い、また、海水を真水に変える工場を動かすという計画に仕切り直しするらしい。

 ただ、1つ思うのは、砂漠には太陽もあるが、砂もある。砂は水と同じでどこにでも入り込み、何でも覆い尽くす。私は昔、イラクの砂漠の真ん中のコンテナで住んでいたことがあるので、砂の恐ろしさはよく知っている。何もしなければ、砂漠を走るアスファルトの道路は、あっという間に砂で覆われていく。

 太陽光のパネルはハイテク製品だ。火山の灰がうっすらかかっただけでも性能が落ちるというのに、水のようにどこにでも浸み込んでくる砂に耐えられるのだろうか。それを考えると、仕切り直しのプロジェクトも何となく信じられないというのが、私の正直な感想だ。
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posted by toyoharu at 21:27 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月28日

日本人看護師が現地で見たエボラの真実

 今日は、YAHOOニュースから以下のコラムを抜粋して紹介します。
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 西アフリカで猛威を振るっているエボラ出血熱。大滝潤子さんは7月から、国境なき医師団(MSF)から日本人2人目の看護師としてシエラレオネに派遣された。そこで目の当たりにした現地の惨状や、患者の救命にかける想いを語った。

 今年4月から長崎大学の熱帯医学研究所で3カ月間、エボラ出血熱について研修を受け、シエラレオネへの派遣オファーを受けました。7月30日に日本をたち、帰国したのは9月10日です。

 日本からMSFの国際事務局本部があるベルギーのブリュッセルを経由して、シエラレオネの首都フリータウンに飛びました。そこからMSFが建てたエボラ出血熱の専門治療施設があるカイラフンまで、400キロの道のりを車で移動しました。

 治療施設はテント作りで、私がいた当時は80床ありました。現在は96床まで増床されています。エボラについての知識がまだ浸透していない今年6月頃までは、外国人が奇病を持ち込んできたという噂が広まって、医師団に石が投げられたこともあったそうです。しかし、私が現地に着いた時は誤解が解けていて、子どもたちが手を振って温かく出迎えくれました。
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 有効な治療薬がないので、頭痛を和らげるための鎮痛薬や、脱水を防ぐための水分補給などの対症療法が中心となります。できるだけ経口投与で頑張りますが、吐き気が強いので、最後の手段として点滴を使用します。病棟に入るたびに誰かが亡くなっているという状況で、悲しいという感情をマヒさせなければ、プロとして仕事が続けられませんでした。

 回復するためには、本人が持っている抵抗力が大事です。あとは体内に入り込んだウイルスの量も関係します。血液検査で最初からウイルス量が少ないと症状も比較的軽くなります。自力で食事も取れるようだと回復の見込みが高まります。検査をするたびにウイルス量が減っていき、陰性の結果が出ると完全回復と判断されます。回復した患者は拍手をして送り出されます。その瞬間が一番うれしいですね。

 現地では多国籍の外国人スタッフ30名超と約170名の現地スタッフで、病棟を運営しています。職種は医師、看護師、掃除などの衛生管理、物資調達など多岐に渡ります。

 防護服は慣れたとしても、脱ぎ着するのに10分弱はかかります。軽いですが密閉しているので、サウナの中にいるような蒸し暑さです。看護行為は1回1時間が体力の限界で、それを1日2〜3回行います。

 ゴーグルが曇ると点滴の際などに医療事故が起きかねないので、そういう時はいったん中止します。夢中になると防護服がずれて肌が露出することもあるので、必ず2人一組で看護し、互いにチェックし合います。また一作業ごとに塩素水で消毒します。看護する側も命がけで、凡ミスも許されません。

 週1回は休日があり、治療所から車で10分の所にあるホテルでくつろぐことができます。その時はビールを飲んだり、インターネットをしたりとつかの間の休養を楽しみました。
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 現場を見た数少ない日本人として、大滝さんが届けたいメッセージは?
万が一、日本で感染者が出ても、パニックにならないことが重要です。感染者と接触しても、その時点で発症していなければ感染はしません。また、発症者に近づいても空気感染はしません。エボラウイルスは、せっけんで洗っても簡単に死滅します。

日本でも、感染者数が拡大しているというニュースが連日のように報道されています。そこで主に語られるのは、感染者数という数字です。しかし、現地では生身の人間が生活しています。エボラ出血熱によって親しい友人や家族を失った心理的な傷跡が、残された人に深く刻まれています。そうした現地の人の悲しみにも想いを馳せてもらえたらと思います。
posted by toyoharu at 21:58 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月26日

15年間諦めなかった小野薬品 がん消滅、新免疫薬

 今日は、日経から以下のコラムを抜粋して紹介します。
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 日本人の死因のトップであるがん治療には、外科的手術や放射線治療、最後の手段として化学療法があるが、今この構図が大きく変わる可能性が出てきた。免疫を使ってがん細胞を攻撃する新たな免疫治療薬「抗PD-1抗体」が実用化されたからだ。世界に先駆けて実用化したのが関西の中堅製薬、小野薬品。画期的な免疫薬とは。

 「がん研究、治療を変える革命的なクスリだ」。慶応大学先端医科学研究所所長の河上裕教授は9月から日本で発売が始まった小野薬の抗PD-1抗体(一般名ニボルマブ)をそう評価する。

 ニボルマブは難治性がんの1つ悪性黒色腫(メラノーマ)の治療薬として小野薬と米ブリストル・マイヤーズスクイブ(BMS)が共同開発した新薬。がんは体内の免疫に攻撃されないように免疫機能を抑制する特殊な能力を持つ。ニボルマブはこの抑制能力を解除する仕組みで、覚醒した免疫細胞によってがん細胞を攻撃させる。

 世界的な革命技術として、米科学誌サイエンスの2013年の「ブレークスルー・オブ・ザ・イヤー」のトップを飾った。今や米メルク、スイスのロシュなど世界の製薬大手がこぞってこの仕組みを使った免疫薬の開発を加速させている。

 悪性度が高いメラノーマは5年後の生存率は1割前後という極めて危険ながんだが、米国、日本での臨床試験では「増殖を抑えるだけでなく、がん細胞がほぼ消えてしまう患者も出た」(河上教授)。米国での他の抗がん剤と比較する治験では既存の抗がん剤を取りやめ、ニボルマブに切り替える勧告も出たほどだ。肺がんや胃がん、食道がんなど他のがん種に対する治験も進んでいる。

 世界の製薬大手が画期的な新薬開発に行き詰まるなか、なぜ小野薬が生み出せたのか。1つは関西の1人の研究者の存在がある。「PD-1」という分子を京大の本庶佑名誉教授らの研究チームが発見したのは1992年だ。小野薬もこの分子に目をつけ、共同研究を進めた。PD-1が免疫抑制に関わっている仕組みが分かったのは99年で、創薬の研究開発が本格的に始まるまでにおよそ7年。実際の治療薬候補が完成し治験が始まったのは2006年で、開発から実用化までにおよそ15年かかったことになる。

 当時は「免疫療法は効果が弱い」「切った方が早い」など免疫療法に対する医療業界の反応は冷ややかだった。医師や学会だけでなく、数々の抗がん剤を実用化した製薬大手も開発に消極的だった。そんな中で小野薬だけが“しぶとく”開発を続けてきた背景には「機能が分からなくても、珍しい機能を持つ分子を見つけ、何らかの治療薬につなげるという企業文化があった」(粟田浩開発本部長兼取締役)という。

 もともと小野薬は極めて研究開発志向の強い会社だ。売上高(14年3月期は1432億円)に対する研究開発比率は国内製薬メーカーでは断トツの30%台だ。しかもがん治療薬は初めて参入する分野で、「かならず成果を出す」という研究者の意欲も高かった。

 免疫療法に対する風向きが変わり始めたのは米国で抗PD-1抗体の治験が始まった06年からだ。一般的な抗がん剤はがんの増殖を抑える仕組みのため数年で耐性ができ、結局は延命効果しかない。しかし抗PD-1抗体で「がんを根治できる可能性も出てきた」(河上教授)。

 副作用が少ないうえ、がんの増殖を止める、小さくする、消滅させる。そうした治験結果が出始めたことで、国内外の研究者、製薬企業の免疫療法に対する見方が大きく変わった。ただ、効果が出ていない人も一定の割合で存在する。その場合は「他の抗がん剤や免疫療法と組み合わせれば、効果が上がる可能性がある」(粟田本部長)という。

 小野薬の相良暁社長は「10年先を支える薬になるだろう」と自信をみせる。ただメルク、ロシュなどが同じ仕組みの抗PD-1抗体の治験を拡大しており、国際競争に巻き込まれる可能性も高い。一方で他の製薬大手から小野薬がM&Aの標的となる懸念もある。その意味で同社が置かれている環境は必ずしも楽観視できない。がんの新たな治療法の扉を開けた小野薬。日本発の免疫薬に世界の目が注がれている。
posted by toyoharu at 11:12 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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