2013年11月30日

石館先生とハンセン病治療薬

  今日はたまたま見つけた以下の記事を紹介します。 
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  「ハンセン病とともにあって、プロミンとの巡り会いがあった。」
平成5年に石館先生はそう私におっしゃいました。松丘保養園、多摩の全生園、長島の愛生園とも先生は深く関係されていますが、プロミン誕生の秘話には私は強く感銘しました。

 第二次世界大戦への日本の参戦の前年の昭和15年、日独伊三国同盟が結ばれ、それが縁で昭和17年に時のヒトラー政権のドイツから極秘裏にいろいろなドイツの科学的成果がUボートで日本に送られてきたようです。その中に結核治療薬として開発された、プロミンの構造式がありました。効力も強いが毒性も強かったそうです。当時、東大の分析学の教授をしていた石館先生の詐には国家機密が送られて来ていたのです。

 そんなある日、石館先生が国際的なハンセン病の雑誌を見ていると一行の報告が目に付きました。それはハワイの海軍病院にあるカービル研究所で、このプロミンをハンセン病に使ったという論文報告の題名だったそうです。論文の中身は掲載されてはいませんでしたが、石館先生にはひらめくものがあったのです。

 それから先生はプロミンの合成を目指します。ドイツからの報告文には構造式だけで合成法は載ってなかったのです。そして、遂に昭和19年に自力でプロミンの合成に成功します。先生は、これを当時の多摩の全生園や長島の愛生園へ届けて治験の依頼をしましたが、ここにいる患者さん達は、らい病の新薬といわれるものの治験には、副作用ばかりで効くものが無かった経験者ばかりで懲りていて一人も使ってくれる患者さんは居なかったそうです。そうこうしているうちに戦争も終わりに近づく頃、中国から一人の傷痍軍人が復員してきます。その人がハンセン病にかかっていて、自分は目が見えなくなってきているから、死んでもいいから、いい薬があったら使ってくれと云われたそうです。

 全生園でこの患者さんに数ヶ月の間、石館プロミンを静注すると、何と目が見えるようになりハンセン病も治ったというのです。その事を知った患者さん達から治験の申し込みが相次ぎましたが、時は終戦間際、石館教室では治験薬の合成もできなくなっていたそうです。

 再開は昭和22年、そんなに効くのであればと厚生省が乗り出し、当時の武田薬品の吉富工場で本格的な生産に乗り出しました。これが有名な静脈注射剤の「プロトミン」です。当時、ハンセン病患者は原則国立療養所に収容されていました。したがって「ブロトミン」は生産品全てが国家買い上げとなり、療養所での治療に使われました。

 この後、史上有名な「プロトミンよこせデモ」があります。国家予算で6千万が支出予定になっていたものが、1干万に削られたのを患者団体が怒り、日比谷公園でデモが起きました。時の厚生大臣に患者が直に面会して予算復活を要求した結果、5千万に復活して収まったという事件でした。しかし、その後、ハンセン病が治ると解ると全国に潜在していた、かくれ患者が名乗りを挙げ、プロトミンの需要は予想よりはるかに増やされました。

 昭和24年、ジェンキンス米国薬剤師協会会長が来日した時も吉富工場を見学しましたが、同年、日本の復興を賭けて全国巡行をされていた天皇陛下ご夫妻も視察されて大変な激励をされたと吉富史に残っています。その2年後の昭和26年、米国でもプロミンがハンセン病に応用されてその効果がはっきりした時点で、米国から3人の医師が来日して、プロミンが白人のハンセン病に効くのは解ったが、東洋人のハンセン病にも効くかどうか試験をしてくれと云ってきたそうです。

 その時は、もう日本では石館プロミンによってほとんどのハンセン病は治癒していたのです。これには米国の医師も大変驚いてしまったと云われています。特許違反ではないかとの話もあったようですが、石館先生は独自の製造方法を編み出していたことと、元をただせばヒトラー政権下作られたものを、ドイツから米国に亡命した科学者が米国で作ったものなので今では、笑い話の一つになっています。
posted by toyoharu at 20:17 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月29日

地方から相次ぐカジノ誘致のラブコール

 今日は東洋経済から以下の記事を抜粋して紹介します、こんな計画が進んでいるのは知りませんでした。 
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  日本でカジノが解禁された場合、潜在的なマーケット規模は年間150億ドルになるとの試算も出ているが、これはマカオに次ぐ規模だ。このため「日本のカジノ解禁」をにらんで、世界中のカジノオペレーターたちが、多様なビジネスモデルを検討している。

  超党派の国会議員が今国会に提出予定のカジノ法案の中には、2つのタイプのカジノ建設案が盛り込まれている。
1つは統合型リゾート。多様な観光資源を組み合わせ、観光地としての競争力を高めようとする取り組みで、ホテルや国際会議場、エンタテインメントなどの複合施設の中にカジノも創設される案だ。

  もう1つは地方都市にコンパクトなカジノ施設を作ろうというスタイルだ。すべての関係法案が国会を通過すれば2015年にもカジノが合法化される。

  法案にかかわった超党派の議員からは、カジノをどこに何カ所建設すべきかという具体案は出ていない。ただ、一部の政治家や有識者は大都市と地方のそれぞれにまず合計で4カ所程度のカジノを建設しその後、段階的に数を増やしていくのではないかという見通しを示している。

  東京と大阪という二大都市にカジノができれば、地方に建設するカジノよりも収益性がよくなる可能性は高い。その一方、地方からのアピールも相次いで出てきている。その1つが、1960〜70年代に温泉で集客力を発揮した熱海市。

  「日本の人口がどんどん減っている中で、これから観光地では海外のお客様とどう取り組むかが非常に大切になる。温泉と日本食とフジヤマゲイシャだけでは駄目で、やはりそこに外国人における文化的な要素の高いカジノという要素を入れることで外国人からも人気の観光地にするができる」と、熱海カジノ誘致協議会の森田金清氏は力説する。

  北海道もカジノの誘致に熱心だ。小樽、苫小牧、釧路が候補地として積極的に活動している。
カジノを大都市から離れた規模の小さい街に建設するのは、ヨーロッパの経営モデルだ。ドイツの温泉都市バーデンバーデンにもカジノがあり、これは熱海市や鳴門市のお手本になる。

  地方都市でも大規模な統合型リゾートの誘致を提案しているところがある。人気観光地、ハウステンボスがある佐世保市だ。ここにカジノやエンタテテインメント施設、ホテルなどを含めた複合リゾート施設を建設しようというのである。

  低いコストで複合施設を完成させることができることを強みとして、市や商工会議所が一枚岩となり誘致をアピールしている。統合型リゾート建設に向けて活動する西九州統合型リゾート研究会には、長崎県の中村知事も特別顧問として参画している。

 「東京に作るのはよくないと思っている」とハウステンボスを経営するHIS会長の澤田秀雄氏。「カジノを地方都市に作ることで地方も元気になって、東京も元気になるというのがいい。東京一極集中はよくない」と、誘致に力を入れている。

posted by toyoharu at 21:38 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月28日

広野の新米を御所に 「励みになる」地元農家が笑顔

 今日はYAHOOニュースから以下の記事を紹介します。 
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  宮内庁は27日、広野町で東電福島第1原発事故後、初めて収穫され、宮内庁を含む各省庁の職員食堂に提供された新米の一部を、天皇陛下の希望で住まいの皇居・御所に届けたと発表した。「皇族の方々にも食べていただけることで、復興への大きな励みになる」。作付けを再開したコメ生産者や町、JAなどの関係者には笑顔が広がった。

 広野町は事故後に自粛していた水稲の作付けを約3年ぶりに再開。10月25日、山田基星町長が首相官邸を訪れ、各省庁の職員食堂用のコシヒカリ計1920キロを安倍晋三首相に贈呈した。

 宮内庁には今月20日に120キロが届き、陛下に報告したところ、「苦労されて作ったお米であろうから、自分たちも少しいただこうか」と希望されたため、26日に一部を御所に届けた。

 同町でコメの有機栽培や減農薬栽培に取り組む新妻良平さん(54)は「広野産のコメを食べていただけることは全国に安全性をアピールすることにつながる。こんなにありがたいことはない」と感謝する。

 新妻さんは昨年からコメ作りを再開。全量を直売しているが風評被害も根強く、戻ってきた顧客は東日本大震災前の3分の1にとどまっているという。それでも「応援したいと言って買ってくれる方もおり、『おいしかった』という感想をいただくと自分も元気づけられる」という。

 JAふたばの吉田一重指導経済部次長は「非常に名誉なこと。震災後、天皇陛下は本県に足を運ばれるなど特に心配していただいた。本当にうれしい限り」と喜びを表した。同町の黒田耕喜副町長は「天皇陛下にご賞味いただけることは、生産者はもとより当町にとって、この上ない喜び」との談話を発表した。

 宮内庁の職員食堂では、27日からおにぎりの無料サービスなどをした。

posted by toyoharu at 21:02 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月27日

抜かれたら抜き返す、トヨタ「アクア」の意地

 今日は東洋経済から以下の記事を紹介します。 
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  やはり、トヨタは黙っていなかった。
トヨタは、一部改良したコンパクトハイブリッド車(HV)「アクア」を12月2日に発売する。燃費はガソリン1リットル当たり37.0キロメートルと、従来から1.6キロ改善。ホンダ「フィットHV」の36.4キロをわずかに上回り、燃費世界一(プラグインHV車を除く)を奪還した。

  2011年12月26日に発売されたアクアは、HVとして世界最高(当時)となる35.4キロを達成。エコカーへの優遇税制も追い風に2012年10月にはプリウスを抜き、月間販売台数で国内トップとなった(年間では2位)。その人気は13年に入っても衰えていない。10カ月のうち6カ月でトップセールスを記録。日本で今最も売れている車だ。

  ところが、2013年9月に発売したホンダのフィットHVに燃費で抜かれ、10月には販売台数でもフィット(ガソリン車、HV含む)を下回っていた。

  改良したアクアは、エンジンの摩擦抵抗を低減したほか、モーターやインバーターなどを改良。また、エンジン始動時のスロットル制御の変更やエンジン停止時の停止処理時間の短縮などで、燃費を改善した。

  開発を担当した製品企画本部の橋壁清史氏は「フィットとはいい意味で競争し合っている。フィットが販売台数でアクアを上回ったのは事実。商品を強化して戻したい」。燃費で抜き返し、次は販売台数でも首位を奪い返す意気込みだ。価格は170万〜195万円とした。

 一方、ホンダの開発幹部は「トヨタさんも大人の対応をしてくればよかったのに。わずかに抜き返すなんて」と苦笑いする。だが、トヨタからすれば「われわれは燃費ナンバーワンをうたってきた」(橋壁氏)というプライドがあり、いつまでもフィットの後塵を拝する気はなかったようだ。

  もっとも、意識するのはフィットだけではない。「軽自動車だって脅威だ」(橋壁氏)。スズキの「アルト エコ」(35.0キロ)やダイハツの「ミライース」(33.4キロ)のように、軽でも30キロ超えが当たり前になってきている。価格では太刀打ちできないだけに、燃費の差を広げる必要がある。

 さて、とどまることがない燃費競争はどこまで進むのか。
アクアのHVシステム開発を担当したHVシステム開発室の上原隆史氏は「今は37キロでいっぱいいっぱいだが、限界はないと思ってやっている」と語る。

  カーボンボディで軽量化したり、軽快な走りを犠牲にしたりするなど、コストや商品性を無視すれば「今でも40キロはいける」(上原氏)。実際には、200万円未満のコンパクトカーというカテゴリーで実現できる技術という制約があり、「カンナで削るように少しずつ燃費を向上させていくしかない」(同)という。
地道な積み重ねによる燃費改善競争が今後も続きそうだ。

posted by toyoharu at 22:11 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月26日

主張の是非はともかく、中国政府の行動は愚かだ

 今日はフィナンシャル・タイムズから以下の記事を紹介します、ここまで言うのは異例のことだと思います。 
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  東シナ海の無人の島々を巡る日中間の領土紛争がさらに危険な状況に陥っている。中国政府は先週末、尖閣諸島を含む東シナ海上空に「防空識別圏」を設定。日本政府への圧力を徐々に強める戦略を一歩進めた。

 中国政府によると、防空識別圏に入る航空機は事前に飛行計画を伝える必要があり、通告が無い場合には「防御的な緊急措置」を講じるという。尖閣諸島上空は日本の防空識別圏にも属し、自衛隊機が定期的に巡回・監視していることを考えれば、中国政府の今回の動きにより偶発的または故意による衝突の可能性が高まるのは明らかだ。

 日本が実効支配する尖閣諸島を巡る紛争をたどると、中国が「戦争で日本に盗まれた」と主張する19世紀末に遡る。日本政府は無人島であることを確認した上で1895年に合法的に領土に組み込んだと反論するが、中国側も古代から自国の固有領土で、第2次世界大戦後に返還されるべきだったと譲らない。中国政府は「領土問題は存在する」と日本側に認めさせたがっているが、日本政府はこれをはねつけている。

 主張の是非はともかく、中国政府の行動は愚かだ。尖閣諸島は米国が1945〜72年に沖縄県の一部として支配していた時期を除いても、100年以上にわたり日本の実効支配下にある。これに対し、中国は威嚇行為で現状を打破しようとしている。尖閣諸島は潜水艦の重要航路に位置するため、支配下に置けば潜水艦の行動範囲を広げられるという中国海軍の野心を実現できるだけでなく、歴史的報復も果たせる。ただし、尖閣諸島は日米安保条約で米国の防衛義務の対象となるため、事態がエスカレートすれば危険は倍増する。

 中国政府が国際法に照らしても自らの主張は正しいと確信できるのなら、国際仲裁機関への提訴を目指すべきだ。日本政府は提訴に同意しないだろうが、同じように自らの正当性を主張する立場から、中国政府が判決に従うという保証があれば国際仲裁に応じるかもしれない。それはさておき、日中両国は問題の解決を将来の世代の知恵に任せて棚上げし、以前の状態に戻すよう努めなくてはならない。その上で、漁業権や石油探査権など天然資源の共同管理を目指すべきだ。

 一方で、中国政府の狙いは別にあるのではないかとの疑念も生じる。尖閣諸島を日米同盟に亀裂を生じさせる手段と捉えているというのだ。だとすれば、それは無責任なゲームでしかない。

posted by toyoharu at 21:20 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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