2013年10月31日

上原V投手! 田沢も好救援

 今日はYAHOOニュースから以下の記事を紹介します。
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  世界一の瞬間、レッドソックスの本拠地フェンウェイパークのマウンドに立っていたのはやはり上原だった。

 最後の打者、カーペンターを空振り三振に斬って取ると、 右拳を突き上げ、さらに両手でガッツポーズ。捕手のロスに勢いよく抱きつかれると、咆哮しながら右手の人差し指を天に向かって高々と掲げた。 自らを「雑草」と称した男が、38歳にして世界NO.1を誇示した瞬間だった。

 「うれしい以外ないです」。世界一を勝ち取った上原は、続けて言った。「…早く休みたいです」。

 大阪・東海大仰星高時代は全くの無名選手だった。浪人を経て入学した大体大で、ようやく才能が開花。巨人入団1年目の1999年に20勝を挙げて沢村賞を獲得するなど実績を積み上げた。海外FA権を行使し、2009年にオリオールズ入り。だが、相次ぐ故障に泣かされた。1年目に右肘腱を部分断裂し、その後も右肘や左太もものけが。レンジャーズでリーグ優勝に貢献した11年は、プレーオフで3本塁打を浴び、ワールドシリーズの出場登録を外されたこともあった。

 夢にまで見たワールドシリーズの大舞台。5点差がつき、セーブのつかない場面でも指揮官は迷わずマウンドに上原を送った。球場を包む大きな「コージコール」の中、「1点、2点ぐらいはいいという気持ち」でマウンドに上がった。そして、先頭打者の8番・ジェイ、9番・デスカルソを連続で左翼フライに仕留めると、最後は1番のカーペンターを「あれが生命線なんで」と得意のフォークで空振り三振。見事に3者凡退で期待に応えた。

 「今年はちょっと出来すぎ。自分でもちょっと怖いんで、“ゆっくり休め”と自分自身に言いたいですね」と結んだ上原。その目の縁は真っ赤に染まっていた。

 一方、田沢は、09年、社会人野球の新日本石油ENEOS(現JX-ENEOS)に在籍し、ドラフトの目玉として注目を浴びていた。悩んだ末にドラフト指名を拒否し、社会人から直接レッドソックスへ移籍した。 前例のないアマチュアから大リーグへの直接的な挑戦に否定的な意見も出たが、大リーグでの活躍を夢見てマイナー生活をスタート。10年4月には右肘の腱移植手術を受け、約1年間に及ぶリハビリにも耐えた。

 「本当に復帰できるのか…。しかし、いつかメジャーの頂点に立ちたい」。葛藤の中、今季初めてメジャーに定着。速球を中心に相手打者と勝負し続け、上原につなぐ貴重なセットアッパーとして活躍した。

 レギュラーシーズンは71試合、68回1/3を投げ、5勝4敗、防御率3.16。ポストシーズンに入ってからも信頼を裏切らなかった。日本プロ野球を飛び越えて、渡米した決断が正しかったことを実感していることだろう。

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2013年10月30日

家庭人としては優しい普通のおやじだった

 今日は産経ニュースから以下の記事を紹介します。
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  プロ野球往年の強打者として「打撃の神様」の異名を取り、監督としても巨人をV9の黄金期に導いた元巨人監督の川上哲治氏が東京都稲城市内の病院で老衰のため28日に亡くなっていたことが30日、分かった。93歳だった。熊本県出身。葬儀・告別式は、近親者により執り行われた。

 昭和13年、熊本工から巨人入団。入団当初は投手だったが、当時の藤本定義監督に打力を買われ、内野手に転向した。

 2年目の14年に打率.338で首位打者を獲得。兵役についた18〜20年を除き巨人の4番に定着し、故・大下弘氏(セネタース)の青バットに対抗して赤バットを使用した打撃でプロ野球ファンの人気を不動のものにした。左の強打者として「打撃の神様」との異名も取った。背番号16は球団の永久欠番。

 プロ18年間の通算成績は打率.313、2351安打、181本塁打、1319打点。首位打者5度、本塁打王2度、打点王3度を獲得。40年に野球殿堂入りした。平成4年には文化功労者を受章した。

 36年に巨人監督に就任後は長嶋茂雄、王貞治の「ON」をチームの主軸にすえ、40〜48年までの間にV9を達成。監督通算14年間でリーグ優勝11回を経験し、日本シリーズでは一度も日本一を逃すことはなかった。巨人退団後は、プロ野球の評論家として活動していた。

 川上哲治氏の長男で、ノンフィクション作家の貴光(よしてる)さん(67)は30日、自宅で報道陣の取材に応じ、心境を語った。

 貴光さんによると、川上氏は3年前に脳梗塞を患ってから体調がすぐれず、約1カ月半前から東京都稲城市内の病院に入院。最期は、家族が見守る中、眠るように静かに息を引き取ったという。

 体調を崩す前は、野球中継を欠かさず見ては、「おれが監督だったらこうする」などと、テレビの向こう側の後輩たちに“指導”することもあったという川上氏。貴光さんは「野球人としては頑固で厳しいイメージだったと思うが、家庭人としては優しい普通のおやじでした」と話した。

posted by toyoharu at 21:32 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月28日

仕事で大切なことは広島のスカウトが流した涙が教えてくれた

 今日はNewsポストセブンから以下の記事を紹介します。
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  24日に行われたプロ野球のドラフト会議。広島の「くじ引き」が大きな話題になった。フリー・ライターの神田憲行氏が、ドラフトで感じた、改めて仕事で大切なことを語る。

 ドラフトでは指名選手が競合した場合、多くは監督か球団社長という幹部がくじを引くのだが、広島は九州共立大の大瀬良大地投手を巡るくじ引きで、大瀬良投手を高校時代からずって見て来た現場スカウトの田村スカウトをくじ引き役に指名。見事3球団競合から引き当てた。直後のテレビインタビューで、田村スカウトは

 「自分がいちばん見続けてきたので……絶対に当たると……」
と、目に涙を浮かべた。なんでも田村スカウトに決めたのは松田オーナーの決断だったという。ともすれば目立ちたがり屋のスーツ組がしゃしゃり出てくるドラフトで、オーナーの決断も粋だ。田村スカウトの篤実な人柄が浮かんでくる様子に、大瀬良本人はもとより、ご両親も大切な息子を預ける決断に迷いはないだろう。

 ドラフトというシステマティックな世界でも、決めるのは結局は「人と人」である。

 ドラフトで指名を考えている球団は、あらかじめスカウトが選手の所属するチームの監督に「×巡目で考えています」というような挨拶をしておく。しかし、直前の編成会議で急遽指名が決まったときは、それこそドラフト当日の数時間前の「挨拶」になって、いわゆる「強行指名」になることがある。当然、揉める。そこで出番がスカウトになる。私が聞いた例では、強行指名に身を硬くした監督、選手の保護者に担当スカウトが、

 「強行にはなりましたが、うちは真剣なんです」
と、その選手の今後3年間の育成計画を考えたレポートを送り、無事獲得にこぎ着けた。

 逆もある。とある強豪球団のスカウトは、監督がいないときにグラウンドに入り込み、お目当ての選手の故障の治り具合を他の選手たちに聞いて回った。もちろん監督にとって愉快なはずがない。その監督と飲んでいると、携帯がなり、液晶画面にそのスカウトの名前が浮かんだ。しかし監督は出ようとしない。

 「電話なってますよ。どうぞ、遠慮なさらずに」 「いや、このスカウトとは話はしないことに決めたから」

 たぶんそのスカウトにすれば、球団の名前さえ出せばどの監督も媚びるように相手をしてくれると勘違いしていたのだろう。監督に会えなくてはスカウトの仕事ができない。その球団は指名すら諦めざるを得なかった。

 サラリーマンは「名刺(会社の名前)で仕事をするな」と言われる。スカウトも同じだ。 12球団一の貧乏球団と揶揄されることもある広島だが、今季2桁勝利を挙げた先発投手が4人いるなかで、来季は大瀬良という5人目が加わり、強力な投手王国が出来そうだ。カネがなくても真摯な姿勢と情熱があれば仕事は出来る。田村スカウトの涙は、私たちの仕事で何が大切か教えてくれた。

posted by toyoharu at 22:02 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月27日

防衛省の天皇と刺し違えた男が名護市長選に出馬を表明

 今日は産経ニュースから以下の記事を紹介します。
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  普天間飛行場の移設問題が最大のヤマ場を迎えようとしている。名護市長選では同市辺野古への移設を容認する立場の末松文信県議(自民)が24日、出馬を表明。辺野古移設反対を掲げる現職の稲嶺進氏との一騎打ちの構図が固まり、過去の市長選と同様に普天間移設の是非が最大の争点になる。

 末松氏は1期目の県議ながら、政府内での知名度は高い。辺野古移設をめぐる交渉で、「防衛省の天皇」と呼ばれた守屋武昌元事務次官と刺し違えたタフネゴシエーターとして知られるからだ。

「はぁ〜、大幅修正だと。そんなもん、やるはずねえだろ」

 今もはっきり耳に残っている。記者との懇談の場での守屋元次官の言葉だ。大幅修正を求める交渉相手を半ば見下し、敵視もしている口ぶりだった。

 大幅修正とは、普天間飛行場の代替施設として辺野古に建設する滑走路の位置をめぐるもので、話は平成18年春にさかのぼる。
当時、在日米軍の再編協議は大詰めを迎え、とりわけ普天間飛行場の辺野古への移設に向けた地元交渉はもつれにもつれた。政府側で交渉を主導していたのは額賀防衛庁長官と守屋氏で、地元代表は名護市の島袋吉和市長と末松助役だった。

 守屋氏は、辺野古沿岸部に1本の滑走路を建設する「沿岸案」を主張し、一歩も譲らない構え。名護市側は米軍機の飛行ルートが3つの集落上空にかかることを理由に、滑走路の建設場所を海側に移動するよう大幅修正を求めていた。

 防衛庁と名護市の交渉は3月19日を皮切りに4月7日まで計7回に及んだ。
「一向に歩み寄ってこない」 防衛庁で普天間移設を担当する幹部は漏らし、こう付け加えた。「島袋市長ではない。末松助役が手ごわいんだ」

 交渉は膠着状態に陥り、やむなく防衛庁が用意したのが2本の滑走路をV字に建設する「V字滑走路」。これは政府案と名護市の要求との折衷案だ。沿岸案の原型はとどめつつ、海側への大幅移動を求める名護市の意向に沿い、沖合方向にV字の下の部分にあたる滑走路を増設するからだ。

 2本の滑走路を離陸・着陸用に使い分けることで名護市などの集落上空を米軍機が飛行するルートを回避することも可能にした。

 当時の取材メモをめくると、冒頭に紹介した守屋氏の大幅修正に応じないとの発言は3月末のものだ。名護市との交渉を重ねている最中で、「いつかはねじ伏せてやる」と自信満々だったことがわかる。

 だが実際は、それから1週間ほど後の4月7日の会談で名護市側と合意に達したのはV字滑走路。この案が沿岸案の「大幅修正」であることは自明だ。

 ある防衛省OBは「V字滑走路は額賀氏が『秘中の秘』として防衛省幹部に図面を引かせていた」と証言する。守屋氏すら図面の作成段階では蚊帳の外に置かれていた。つまり額賀氏は守屋氏の交渉姿勢では合意は得られないと踏み、名護市側に大幅譲歩したのだ。

 一方、名護市側は主張を全面的にのませることはできなかったが、守屋氏と刺し違えるほどのタフネゴシエーターぶりを発揮。その「主役」こそ末松氏だった。

 守屋氏に煮え湯をのませた遺恨で防衛省とは疎遠な関係と思われがちだが、そうではない。「ものごとを合理的に判断できる能吏型。ひとことでいえば、まともに話のできる人だ」 沖縄の基地問題の担当が長く、末松氏との付き合いも10年以上という防衛省幹部は末松氏をそう評する。
  末松氏の市長選への出馬表明について記者会見で聞かれ、菅義偉官房長官も「歓迎する」と明言した。こうした政府反応は想定の範囲内だったが、想定外の反応もあった。沖縄県の仲井真知事が即座に末松氏を支持する考えを表明したことだ。

 辺野古での埋め立て承認をめぐる仲井真氏の判断を最大の焦点に、移設容認派と反対派の戦いの火ぶたは切って落とされた。
posted by toyoharu at 20:52 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月26日

日米が協調して中国の態度に疑問を表明

今日はウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)と日経から以下の記事を紹介します。
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  安倍晋三首相は25日、WSJの単独インタビューに応じ、中国がアジア地域で力によって現状を変更しようとしていることに多くの国々が懸念を示していると表明した。さらに、アジアのリーダーとしての日本の役割は、中国に対し、そのような道をとらせず、「平和的な台頭」を促すことにあるとの考えを示した。

 首相のこの発言は、領土問題や歴史認識で対立する日中間の不和をあらためて浮き彫りにする形となった。

 安倍首相は、「日本のアジア太平洋地域における経済だけでなく、安全保障分野におけるリーダーシップも期待されると実感した」とした上で、「中国が法の支配でなく、力による現状変更を試みようとしていることに懸念がある」と指摘。「中国はその道を取ることによって、平和的台頭の道をとることができなくなる」と述べた。

 さらに「つまり、中国はその道をとるべきでない、ということを日本が強く主張することを多くの国々が期待している。日本がしっかりと主張していくことで、中国が国際社会において責任ある行動を取っていくことになることが望まれている」と話した。

 中国は、安倍首相が日本の戦時中の行為をわい曲し、軍事力を増強していると批判しているが、安倍首相は逆に、アジア地域の国々が中国の軍事増強を懸念していると指摘。「不透明な軍事費の増加に対しては、日本だけでなく、多くの国が懸念を表明している」と述べた。

 しかし、日本経済の復活を最重要課題に掲げる安倍首相は、日本にとって最大の貿易パートナーである中国との関係が最も重要な問題の1つだとの認識を表明。首相はそれを「戦略的互恵関係」と呼び、中国指導者との対話の窓口は閉ざされていないとして、中国政府にも同じようなアプローチを取るよう求めた。

 首相は「1つの問題があるからといって、首脳会談を含めすべてのドアを閉ざすべきでない。日本は常にドアをオープンにしている」と述べた。

 安倍首相は昨年12月に政権の座に就いて以来、中国の指導者との公式会談を催していない。中国が尖閣諸島問題で譲歩しない限り、協議に応じない姿勢を見せていることを首相は批判している。現在、日本が実効支配している尖閣諸島については、中国も領有権を唱えている。日本政府は日中間には領土問題は存在せず、交渉の余地はないと一貫して主張している。一方、中国政府は日本政府が領土問題の存在を認めるよう求めている。

 安倍首相は今月初め、インドネシアで開かれたAPEC首脳会議開催中に中国の習近平国家主席と握手を交わしたが、首脳会談は行わなかった。安倍首相は訪中していない。

 これに関連して米国務省のサキ報道官は25日の記者会見で、尖閣問題について「米国は従来から日中双方に対話による解決を求めている」と述べ、尖閣付近で挑発行為をやめない中国を非難。そのうえで「日中で対話や議論がされると信じている」と語り、首脳会談を拒否する中国の態度に疑問を呈した。
posted by toyoharu at 10:51 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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