2013年09月30日

山崎豊子さん、ひるまぬ取材重ね「理不尽」に挑む

 今日は日経から以下のコラムを紹介します。
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 「神様には私の青春を返してと言いたい。もっと勉強したかったし、本も読みたかった」。2009年に東京都内で開かれた毎日出版文化賞の授賞式。「運命の人」で特別賞を受賞した山崎豊子さんは車いすであいさつし、声を絞り出すようにしてそう語った。

 そこで明らかにしたのが、戦争体験が自身の創作の原点になっていることだった。勤労動員先の軍需工場でバルザックの「谷間の百合」を読んでいるところを見つかり、将校に平手打ちされた。「それで自分の書く方向が決まった」

 理不尽な戦争は多くの友人を奪っていった。生き残った者として何をなすべきか。山崎さんは「歴史の証言者」になることだと考えた。それが「不毛地帯」「二つの祖国」「大地の子」の戦争3部作や、個人を抑圧する組織に厳しい目を向けた「沈まぬ太陽」のような作品を生んだ。

 「作家山崎豊子の産声は、井上さんとの出会いがなければあり得なかった」と自らのエッセーで記しているように、毎日新聞社に入社し学芸部で井上靖さんの下で働くうちに刺激を受け、井上靖さんの「君も小説書いてみては」のひと言が作家の道へといざなった。「自分の生いたちと家のことを書けば、誰だって一生に一度は書ける」とのアドバイスがデビュー作「暖簾(のれん)」、直木賞受賞作「花のれん」などの大阪モノを生んだ。

 生まれ育った大阪への愛着は強かった。1978年にハワイ州立大で客員教授を務めた時も、大阪の足袋問屋の一人息子を主人公とする自著「ぼんち」をテキストに、上方文化を講義した。

 自ら「取材魔」を自任していた。代表作「白い巨塔」では日本国内の病院のみならず、ドイツのがん研究所も訪問した。「大地の子」では真夏と厳冬を除いて3年間中国に滞在、70代で執筆した「沈まぬ太陽」では4回アフリカを訪れている。

 多くの作品にモデルが存在したため、あつれきを招くこともあったが、全くひるまなかった。「禿山に木を一本、一本、植林していくような、いわば“植林小説”を書いていきたい」と直木賞受賞時に記した山崎さん。確かに何本もの大木が残った。
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2013年09月29日

TBS、「半沢直樹」でアジアに進出「倍返し」なるか

 今日は日経から以下のコラムを抜粋して紹介します、うまい手ですね。
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  今年のテレビドラマで最高視聴率をたたき出した「半沢直樹」がついに海を渡る。10月中旬から台湾を皮切りに、アジアの他の国でも放送される見通しだ。TBSテレビは視聴率低迷にもがいてきた。再び人気ドラマを量産できる体制が整ったことで、今こそアジアに攻め込む好機とみる。CMスポンサーとなる日本企業とタッグを組み、広告とセットでコンテンツを現地に売り込む斬新な手法にも挑む。アジアを舞台に、「ドラマのTBS」と呼ばれた名門の復権をかけた同社の戦いが始まった。

 「面談のアポがすさまじい勢いで入る。最初の放映権をなぜウチに売ってくれなかったのか、せめて再放送の権利を売ってくれという申し込みが殺到した」。TBSの林慎太郎海外事業部長は、興奮冷めやらぬ様子でこう語る。

 林部長は「半沢直樹」最終回放送直後の今月24〜26日まで台湾の台北市で開かれた放送コンテンツ関連見本市に参加した。見本市では早くも再々放送の権利に関する商談がまとまったようだ。

 かつて、ヒットドラマを連発したTBSだが、ここ最近は民放視聴率4位からはい上がれず辛酸をなめていた。「半沢」効果の勢いに乗れば、これから日本のみならずアジア市場でも存在感を増すことも難しくない。

 実際、アジアの新興国では、日本の放送局が持つ番組の企画力や制作力が改めて見直されているという。各国では経済成長に伴ってチャンネル数が増えているものの、放送できるコンテンツが「質」「量」ともに十分ではないためだ。こうしたアジア各国のニーズをいち早くうまくとらえたのが韓国ドラマ。集中的に放送枠をおさえて一定の認知度をあげたことはよく知られている。

 そこでTBSが編み出したのが、ドラマそのものの魅力に加えて、CMを流してくれる日本企業をあらかじめ集めておき、2つの力でゴールデンタイムなど優良な放送枠をおさえるという新手法だ。日本企業にとってアジア各国で事業を拡大するにはブランド認知度の向上が欠かせない。

 先ず、乗り込むのはベトナムだ。29日に日本とベトナムで放送する2時間のスペシャルドラマ「パートナー」で新手法をまず実践する。第一生命、トヨタ、ソニー、パナソニック、大和ハウスなど大企業11社とCMスポンサー契約を結んだ。現地でも事業展開するスポンサーがCMを通じて保険や自動車、家電などを宣伝。ベトナムの消費者の購買意欲をかき立てるという作戦だ。

 「パートナー」は、国営放送のベトナムテレビジョン(VTV)との共同制作。日越国交樹立40周年を記念し、ベトナムの独立運動にまつわる両国の実在の人物が織りなす友情の物語を描いている。さらに10月から来年3月までの半年に渡って、「花より男子」「仁」などTBSが誇る歴代の人気ドラマ約90本を順次VTVで毎日のように放送していく。一連の事業規模は約5億円にのぼる。

 今回の「ベトナムモデル」を、同社はアジア各国へ横展開する見通しだ。「半沢」も当然、ベトナムモデルを支えるキラーコンテンツの1つとなる。

 日本のコンテンツ市場は米国に次ぐ世界第2位の規模を誇るにも関わらず、日本の地上テレビ放送の番組は輸出金額が63億円(2010年)と韓国の半分以下にとどまる。「日本は韓国の約10倍の市場規模がありながら、テレビ番組の輸出額は3分の1程度」。総務省の「放送コンテンツ流通の促進方策に関する検討会」は今年6月、コンテンツ市場の中核を占めるテレビ放送の課題をこう指摘した。検討会は輸出促進の必要性を強調するとともに、「5年後(18年)までに放送コンテンツの海外事業売上高を現在の約3倍に増加させる」との目標を掲げた。

 ドラマで主人公は、見せ場に必ずこう見えを切った。「倍返しだ」。話題となったこの決めゼリフは、そもそも金融業界でライバル銀行からある会社への融資を取り返し、2倍の貸出契約を新たに結ぶ営業用語だという。日本国内の視聴率争いでは苦戦続きだったTBS。アジアという新天地で波に乗り、晴れて「倍返し」となるか。
posted by toyoharu at 11:26 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月28日

関東大震災時における大川署長の行動

 今日は47Newsから以下のコラムを抜粋して紹介します、大川署長のことは私も初めて知りました。
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 朝鮮人が暴動を起こす。事実無根のデマをもとに多くの無辜の命が奪われた悲劇があった。1923年の関東大震災直後、横浜でも起きた朝鮮人の虐殺だ。恐慌と迫害の嵐が吹き荒れるなか、朝鮮人をかくまった大川常吉鶴見警察署長のエピソードは、美談として広く知られる。それから90年。大川署長の精神を伝えるべく奔走してきた人たちは今、何を思うのか。

 鶴見で流言が広がったのは震災翌日、9月2日の朝だった。「朝鮮人が集団で略奪、殺人、強姦、放火を行っている。鶴見も襲撃される」「朝鮮人が井戸に毒を投入して歩いている」

 信じた住民たちは、朝鮮人を探し始めた。京浜工業地帯として発展しつつあったこの地域では、朝鮮からの出稼ぎ労働者が多く暮らしていた。当時、日本の植民地の民だった朝鮮人への差別意識と迫害の裏返しとしての恐慌を背景に、虐殺は始まった。

 デマをきっぱり否定し、中国人を含めた400人以上を警察署にかくまったのが大川署長だった。群衆は暴徒化し、「朝鮮人を出せ」と署庁舎を包囲した。町議会も「県外に追放するべきだ」と主張した。大川署長は町議会で訴えた。「職を求めて来たのであり、反乱など起こす人々ではない」。粘り強い説得で議員らも折れ、この地域では以後、朝鮮人や中国人を一般の被災者として遇することができた。

 大川署長が眠る鶴見区潮田町の東漸寺。本堂脇に一つの石碑が立つ。大川署長への感謝の言葉が刻まれ、「在日朝鮮統一民主戦線鶴見委員会」の名が添えられている。日付は1953年3月21日。

 「鶴見の朝鮮人は大川さんに感謝し、そのことを覚えていた。震災翌年には大川さんに感謝状を贈り、30年後にこの石碑を建てたのです」そう説明するのは、大川署長についての研究に取り組む横浜市立中学校の元社会科教師、後藤周さん。

 朝鮮人虐殺の史実を語り継ぐフィールドワークや講演を続けるなかで、大川署長のことも伝えてきた。通り一遍の「立派な人」という視点からではない。

 「大川署長は、暴徒に襲われてけがをした朝鮮人を病院で無料で治療させるなど、彼らを迫害から守ることこそ警察官の仕事、と確信して行動した。根底には、人を人として尊重するヒューマニズムがあった」と後藤さんは言う。

 当時の日本人にとって、朝鮮人は植民地からやってきた「二等国民」だった。日本人と同等に扱うべき存在と考えることができたのは、少数だった。警察官が住民を守るという当たり前のことが美談としてたたえられる社会状況。その異常さにこそ、目を向けなければならないはずだ。大川署長は、その背後にある虐殺という歴史の暗部を照らし出す存在でもある。

posted by toyoharu at 18:25 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月27日

遺族「必ず控訴を」 尼崎脱線事故無罪判決

 今日は日経から以下の記事を紹介します、今回も残念な判決でした。
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  兵庫県尼崎市で2005年4月、乗客106人が死亡したJR福知山線脱線事故で、業務上過失致死傷罪で強制起訴された井手正敬元相談役(78)らJR西日本の歴代3社長の判決公判が27日、神戸地裁であった。宮崎英一裁判長は「事故の予見可能性はなかった」として全員に無罪(求刑禁錮3年)を言い渡した。

 検察審査会の議決に基づき強制起訴されていたのは、ほかに南谷昌二郎元会長(72)と垣内剛元顧問(69)。検察が起訴した山崎正夫元社長(70)の無罪判決は確定しており、同事故をめぐるJR西の経営幹部の刑事責任は今回も認められなかった。

 市民でつくる検察審の議決で強制起訴された裁判では無罪判決が相次いでおり、今後、制度の在り方をめぐる議論が活発化しそうだ。

 事故は05年4月25日、快速列車が制限速度を45キロ上回る時速約115キロで現場の急カーブに進入して発生。裁判では、3社長が事故の可能性を予見できたのか、自動列車停止装置(ATS)の整備を指示すべきだったのかが主な争点だった。

 判決は「事故前に、大半の鉄道事業者はカーブにATSを整備しておらず、法的な義務付けもなかった」などと指摘。3社長がカーブでの脱線事故を具体的に予見できた可能性は認められないと結論付けた。

 検察官役の指定弁護士は、3社長が現場の急カーブ化工事や快速列車の本数を増やすダイヤ改正を主導した点を重視。事故の予見可能性があったとし、ATS整備については「利益優先の中で怠った」と主張していた。

 遺族は27日午後、神戸市内で記者会見し、指定弁護士側に控訴を要望する考えを示した。

 次男(当時18)を亡くした上田弘志さん(59)は「必ず控訴してほしい。やるだけやって『これが最後』となるまで頑張りたい」と語気を強めた。裁判長の発言について、長女(当時21)を亡くした奥村恒夫さん(66)は「組織ではなく人を裁くのであればこんな判決しか出せない、と言われているようで憤りを感じる」と話した。

posted by toyoharu at 22:36 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月26日

ケンブリッジ大学の歴史学者でラーメン研究家によれば

 今日は日経ビジネスから以下のコラムを抜粋して紹介します、世の中、色々な研究家がいるものですね。
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  ニッポンの国民食ともいわれるラーメンだが、数年前からアジアや米国に進出しているようだ。中には、国内よりも海外の店舗が多いチェーンもある。

  熊本市に本店を置くラーメン店チェーン「味千ラーメン」は、上海に100店舗以上、中国全土で600店舗以上を展開している(ちなみに日本国内は100店舗程度)。豚骨スープをベースに、揚げニンニクや「黒麻油」と呼ばれる調味料を加えたラーメンで、1996年、香港に進出して以来、フランチャイズ方式で海外展開を進めた。 

 味千ラーメンは、1968年、熊本県庁前のわずか7坪の敷地で始めた小さなラーメン屋が原点。白濁した豚骨スープに中太ストレート麺、チャーシュー、煮卵、キクラゲを載せた「熊本ラーメン」の草分けの一つである。

 その小さなラーメン屋が、なぜ中国で大いに成長できたのか。味千ラーメンは、「中国のほとんどの店舗で、面積を日本のファミレスと同等程度にした。加えて、店舗のデザインに高級そうな雰囲気が出るものを採用。さらに、価格を中国の地場のラーメン店の数倍ぐらいに設定して」中国における麺類店のイメージを大きく変えてしまったのである。

 「味千ラーメンが中国の店で提供している商品も日本の店と違う。基本のスープと麺は見た目では同じようだが、トッピングが中国人の嗜好に合うようなさまざまな種類のトッピングを提供している」

 例えば、「エビラーメン」には麺の上に大きな皮付きの海老が数尾トッピングされている。皮をむくときに手が汚れるので日本では敬遠されがちだが、中国の客は平気でむいて食べるという。本質の味を守りつつ、食習慣の違いを把握したバリエーションが人気の理由だ。

 香港に店舗を持つ「凪」は、行列しないことで有名な香港人を4時間以上も並ばせる日本のラーメン店として、香港の各種メディアを大きくにぎわせたという。ラーメンを「ユニバーサルヌードル」と定義し、グローバル展開を目指す凪の生田智志社長は、「ハンバーガーが世界で普及したのは、あの手軽さとおいしさのバランスが良かったからだと思います。ラーメンも同じようなバランスの良さを持っています。一杯のスープと麺で、栄養と満腹感を得ることができます。ラーメンの品質と手軽さは、ハンバーガーを脅かす存在になるかもしれません」と語っている。 

 米国の西海岸には寿司を提供する店が多いと聞くが、東海岸はラーメンが流行っているらしい。2012年現在、ニューヨーク市とその近郊のラーメン店は、約60店舗にのぼると言われている。

 ケンブリッジ大学の歴史学者でラーメン研究家のクシュナー准教授は、「ラーメンはプラットフォーム・フード」と述べている。「プラットフォーム・フードとは、例えば、ベーグルやサンドイッチのようなものを指します。食べる人の好みに応じて、どんな食材でも、乗せたり挟んだりできる料理のことです。ラーメンも同じで、スープの味やトッピングなどを工夫することで、日本人だけではなく、海外の異なる味覚を持つ人たちにも柔軟に適応することができます」。
posted by toyoharu at 23:05 | 埼玉 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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